“Don't move”
「動かないでください」
言語か感覚、普段どちらを優先に生きてるのかを
テストする装置でしかなかった。
Resident Artist Lucian Grey (Singapore)
Born in Burma, Raised in Singapore
Studied UX Design at ArtCenter College of Design in Los Angeles.
moved by Dont move.
動かないでください。
寄稿:ネオ一平主人
ルカちゃん(ルシアングレイ)の展示は文字か五感、どっちで生きてるのかをテストするツールでしかなかった。まるで社会実験。
感覚派なら文字を忘れて目の前の音や視覚の反応に没頭してしまう設計だった。まるで鑑賞者の無意識がどこにあるかを試すテストだった。
ルカちゃん、ことルシアングレイはネオ一平に5月の初めから6週間滞在した。オープンコール(募集)は2月だった。今回のレジデンスのメインテーマは、リトリート。作家は展示をしてもいいし、ただ滞在するのでも良いという条件にしていた。
ミャンマー生まれ、シンガポール育ち、ロサンゼルスの美大でUXデザインを学び、サンフランシスコでスタートアップを立ち上げた彼女。一つ会社を立ち上げ、そして解散。現在はシンガポールでバイブコーディングによりデザイン性の高いシステムを作り、クライアントに売っているとのこと。スタートアップにサンフランシスコで疲れてしまい、シンガポールでマイペースに生きていたようだった。
28歳にしてそんな激動の人生を経験した彼女は、今回は癒しのために日本に来たようだった。滞在の2週間目に私の家族と共に酸ヶ湯に行った。人前で裸になって風呂に入る習慣のない彼女は最初は湯浴みを着ていたが、二日目には日本人のように恥じらいを捨てて裸で入浴していた。ほとんど初めて見る雪と温泉。そして初の旅館宿泊。新緑のハイキングも癒されていそうだった。
小旅行から帰ってきて、ルカちゃんは何か心境が変わったようだった。「旅行楽しかった?リフレッシュできたかな?」と聞いたら「みきこ、わたし、やっぱりスタートアップをやろうと思う!もう一度大きなことをやりたい!」と言ってきた。
リラックスするために日本に6週間滞在すると決めた彼女だったが、勤勉ゆえにリラックスしていたら忙しくなりたい本心を見つけたようだった。笑そういう面も含めて、人はあえて暇な何も負荷のない状況に時として身を置かなければいけない。
そこから4週間、彼女は休むどころか私よりも忙しく活動していた。常に誰かと打ち合わせしたり、カフェで深夜まで作業したり。まったく休んでいないようだった。
滞在最終週の日曜に彼女は体験型の展示をすることにした。AIにコードを書かせたシステムとiPhoneのデプスセンサーを連携させて、鑑賞者の動きに合わせて音とビジュアルが動く仕掛けのインスタレーション。
ビジュアルのテイストは日が進むごとに変化したが、一貫して伝えたいことは「抑圧からの解放」のようだった。日本もそうだが、社会にはルールが沢山ある。シンガポールは生活水準も高く安全だが、同時に政府の抑圧も大きいそうだ。警察がすぐ人を捕まえるそうで、みんな「許可」を求めてから行動するそうだ。
今回の展示ではそんな社会に抑圧された人々を解放したい、自由になれ、と呼びかける作品だった。
仄暗いスペースで白い壁にプロジェクターが投影する。鑑賞者は大きな壁の前に立ってスタンバイする。
最初に浮かぶ文字は「動かないでください」
文字の上にプロジェクターに照らされて出来た鑑賞者の影が重なる。文字と共に画面には白い塵が舞う。沈黙の数十秒。
ここからが人々の行動を分けた。
デプスセンサーにより、少しでも動くと「ポーン!」とピアノの音と共に、チリが赤くなる設計。勘の良い人ならば、何かがリンクしていると気づく。もしくは、これは動かないでという、動けというメッセージだとも。
多くの日本人は動かなかった。待ちかねて私も「本当に動かないんですか?」と画面に出したり。それでも作品の仕組みを分からない人は分からない。
全体の体験者の中、自発的に動いたのは2人だけ。1人は美術作家。一人はミュージシャンだった。彼らは言葉を無視したというより、動きと共に反応する、目の前の現象に対して好奇心が湧いて、ただ視覚的、聴覚的にハックされているように見えた。
今回の視覚的に美しい彼女のインスタレーションは、彼女の抑圧からの自由に対するメッセージとともに、社会実験だった。人々が無意識のうちに言葉で思考するか、感覚で生きているか、それをテストするための装置のようだった。
展示の後にルカちゃんを囲んで小さなお別れ会をした。スナックと飲み物を片手にみんなで語り合った。
アーティストインレジデンスは、作品を産むことはもちろん、その土地の人々と交わることが醍醐味だと思っている。自然の中でもない、大都会でもないこの八戸で、彼女は「地域の人々の普通の生活」を味わったのではないだろうか。楽しかったかは分からない。でもその「リアル」に触れれたことは、抑圧からの自由よりも、もっともっと「自由」だったのではないかと思う。
展示の翌朝、彼女は新幹線で旅立った。シンガポールに帰ったらまた家族や地元の友人との生活が始まる。束の間の非日常、休息、そして挑戦が彼女の次の旅への足掛けになったらよかったと思う。
アートとテックを融合したい私にとっても彼女の滞在はとても刺激的だった。領域に縛られず、可能性に挑戦し続ける彼女の姿勢に感化された日々だった。こんな北の日本まで来てくれてありがとう。good luck with next chapter.
P.S.英語で I was moved. とは「感動した」ということ。
動かないでください
は図らずも、she was moved. となった。
2026.07.11 Mikiko Takasago